Majolog

魔女のブログ Twitter::Sayonaky

遁走について

就活の息抜きとしてマジョカツしないと、息が詰まってしまうのに気づきました。
このブログは、そんな魔女の息抜きの記録です。
うんうん。これもまたマジョカツだよね。

魔法の話をしましょう

よく、おまえはいったい何者なんだと聞かれることがあります。「石油王の第五夫人」とか「マハラジャの養女」とか、常日頃から大ぼらを吹いていますが、ぶっちゃけそんなことないし、悲しいことに魔女ですらありません。でも、石油の寄付は1万バレルから大歓迎です。
なんにせよ、魔女というにはちょっと程遠い、なんともなさけない身分なので、私はインターネット上で「魔法」の話をするとき、いくつかの制約をもうけています。

ざっと要約すると、私は「魔法を実際に使う」のを目的にすえたことはありません。だいたいいつも、しぶとく「魔法とは何かを思考」しています。

ハリー・ポッター』以外の「魔法」を扱った長文を書くときの、一応の定義づけとして、こちらを。

1.オカルトや都市伝説、新興宗教、秘密結社、スピリチュアルの類は、19世紀以前の「歴史となった」もののみを扱う。
2.あきらかに法に触れるところには入り込まない。

そうなると私のなかの「マジョカツ」は、魔法に関連する文学や歴史、美術作品の研究、あたりに落ち着いてきます。うむ、無難だ。

また、ここから先につづる内容は一切がエッセイです。息抜きなので、軽く流してください。KEEP CALM, AND TRUST SNAPE. OK?

非現実への「遁走」と魔法

せっかく一発目なので、そのうちお話ししたいもろもろの前ふりみたいものを、書き残しておきます。
私が「魔法」について話すとき、つねに前面に出てくるキーワードが二つあります。「遁走」「顛倒」です。今日はまず「遁走」についてお話ししましょう。

 

"「魔女」はいつの時代から始まるのか。私は、ためらうことなく、それは「絶望の時代からだ」と言おう。(ミシュレ『魔女』)"

 

ミシュレが言ってるんだから、仕方ない。
拷問に火刑と、苛烈をきわめたヨーロッパ中世の魔女狩り。当然ながら世間に魔女なんてものがごろごろいるはずはなく、犠牲になったのはなんの罪もない弱者がほとんどでした。神学者からふつうの農民まで、人々が魔女に眩惑された要因は、いったいなんだったのでしょうか。

「魔女」は、何から生まれたのでしょうか。

ペスト、飢饉、災害、戦争。中世の人々には、あまりに巨大な災厄の力におののき、絶望しながら生きる道しか与えられていませんでした。完全な神の創造した完全な世界が、なぜこんなにも災禍にまみれているのか。そのひとつの答えとして教会が用意したのが、魔女の生態の研究までふくまれた「悪魔学」というものでした。神への信仰が熱狂的になればなるほど、そこに対置させられる悪魔への想像力もたくましくなっていくというわけです。じっさい、魔女狩りの筆頭に立った神学者ほど、詳しく魔女の生態を知っている人間はいなかったというのは、広く知られているところです。

空を飛び、淫蕩にふけり、麻薬を濫用し、人々を惑わす。肥大化した妄想によって築き上げられた「魔女」は、聖書と現実の矛盾からつごうよく「逃げる」ために生み出された存在だといえます。

これが私のいいたいキーワード「遁走」の背景にあるものです。権力、教会、教義、親なるもの、あらゆる現実から「遁走」したい欲求は、「魔女」や「魔法の世界」を生み出す、炎のようなエネルギーなのです。

「遁走」への欲求に憑りつかれたのは、なにもカトリックの教義と世界の矛盾に苦しむ神学者だけではありません。言ってしまえば、私だってそのひとりなんです。

私が『ハリー・ポッター』を好きだったいちばんの理由は、まちがいなく「ホグワーツ」への憧れでした。私にとってのホグワーツは、つまらない現実から遁走できる唯一の逃げ場であり、夢と希望と恋、生と死……そういった、10代のころ欲しかったものすべてが詰まった、魔法のお城でした。
そして、その憧れはとても倒錯していることに、私は気づいていました。キングズ・クロスの壁の向こうで手を振ってくれる生徒たちは、「非現実に行ける」可能性「行った瞬間それは現実になる」不可能性を、同時に含んでいるからです。

焦がれるほどに遠くなるホグワーツへの憧れは、思い返せばひどく恋に似ていました。けれどその、想いつづけながらも永遠に失いつづける恋にとらわれ抜いたからこそ、今の私がいる、と言い切ることもできます。

だから、私は魔法の話をしたいんです。
就活にも卒論にも、何の役にも立たないけれど、恋と遁走に理屈なんてないのだから、仕方がありません。
いってみればこの日記は、魔法の世界に送るラブレターです。

そして、遁走のエネルギーに秘められた「何か」を丁寧に掘り下げていったら、もしかして、私自身が魔法を生み出せる存在になれるかもしれません。そんなわずかな希望もこめて、しばらくESといっしょに、このブログを更新してみようかと思います。

長くなってしまったので、「顛倒」についてはまた次の記事で扱うことにしましょう。

「遁走」が魔法使いを生み出すエネルギー、恋によく似た感情であるならば、
「顛倒」は、魔法使いそのものの本質、だといえます。
きれいはきたない、きたないはきれい。

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