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Majolog

魔女のブログ Twitter::Sayonaky

魔法の世界は「現実」だった――映画から考えるハリポタの世界観

先週、USJハリー・ポッターエリアに行きました。3Dジャーニーよかったです。2Dに比べて、少しアトラクションとしては落ち着いてしまった感もありましたが。

そして、自宅に届くのよりも一足先に、"Harry Potter: Magical Places from the Films"を見せてもらいました。

Harry Potter: Magical Places from the Films: Hogwarts, Diagon Alley, and Beyond

Harry Potter: Magical Places from the Films: Hogwarts, Diagon Alley, and Beyond

 

 ポタエリアとMagical Place frome the Filmsをざっと見て、特に映画を中心としたハリー・ポッターの世界について思うところがあったので、今回はそのお話について。

今回問いたいのはずばり、魔法界は現実なのか、非現実なのか、という点です。

私たちにはプリベット通りでさえ魔法の世界だった

東京に住む小学一年生だった、かつての私にとって、ハリー・ポッターすべては非現実であり、夢の世界でした。プリベット通りでハリーがじゅうじゅう焼いているベーコンや、階段下の物置や、魔法省の入り口の何の変哲もない公衆電話。ハリポタの世界では、非魔法に位置するいろいろなディティールすら、私には異世界以外のなにものでもなかったのです。

ちょうど、日本にいるマグルの自分→イギリスのマグル世界→魔法界というように、そのときの私の世界は入れ子状になっていました。そして、イギリスのマグル界と魔法界の境界はどうにもあやふやで、ほとんど区別がつかなかったのです。そして実はどちらかというと、マグル界-魔法界の境目よりも、日本-イギリスの距離のほうが、自分には遠く思えたりして……。

 

そして、それから十年余り後。六本木ではハリポタ展が開催され、大阪にはホグワーツが建ち……魔法の世界はつぎつぎに、映画のセットの再現という形をとって、現実にあらわれてきます。

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そしてここで私はふと気づくのです。魔法界自体は決して異世界ではない。魔法界をふんわりとつつんでいる「イギリス的なるもの」こそが、私にとっての異世界だったのだと。

このことは、スタジオツアーやUSJを巡れば一目瞭然でしょう。先述の書籍をくわえればさらにわかりやすい。ハリー・ポッターのセットはどれも、現代のイギリスと、伝統的なイギリスの建築や村・街をどこまでも忠実に模倣することでなりたっています。

映画を中心とするハリー・ポッターの世界観は、さいしょから非現実の空間を創造することなんてめざしてはいなかったのです。あくまでも、イギリスという現実を拡張することで、そのはざまに魔法の世界があるかのようにみせかけているのです。私はそのイギリスという現実のなかに、フィクションの世界を見ていたのです。

この手法は、ディズニーのテーマパークづくりと比較するとわかりやすいのではないかと思います。フロリダのディズニーランドがめざした「アメリカという国家を癒すためにつくられた、非現実の夢の国」は、ハリー・ポッターの「イギリスというひとつの現実の拡張」とは、ある意味対極に位置すると思います。

ディズニーのように、完璧な夢の世界をゼロから創り上げるより、現実という1を10にするという形をとった、とも言えるでしょう。

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 ハリー・ポッターの魔法の世界は、「1を10にすること」で作られている。そこに「ゼロ」という虚構はないのです。

だからこそ私たちは信じることができるのです。

「魔法の世界は、ある」と。

 

ちなみに、この視点からいくと、アメリカの「古き良き時代」のニューヨークを舞台にした次作以降の映画は、同様に「1から10を創造する」手法をとると思われます。

そしてこれは、「夢の世界の作り方」という点で、ディズニーと真っ向から対立するのです。この点もおさえておくと、魔法の世界をまた一段と楽しめるかもしれないですね!